2011年11月18日金曜日

前橋レポートの問題点(予防接種の有無で医療費に変化はないのか)

予防接種に否定的な考え方をもつ方々がよく持ち出すのが、「予防接種をしてもしなくても、医療費は変わらないことが前橋レポートで証明されている」といった話です。本当にそうなのでしょうか。前橋レポートの「国保診療費から見たインフルエンザ流行」についてを見てみましょう。レポートの概略から。

非接種地域と接種地域に分けて,診療件数等を比較。流行前期と流行期の間に有意の変動は認められない。かつ非接種地域と接種地域の間にも差は見られない。以上の結果から,学童に対するインフルエンザワクチンの集団接種をやるかやらないかは,医療費の面においても大きな影響を与えていないことが分かった。インフルエンザワクチン接種を中止しても,医療費が余計に掛かる心配はなさそうである。

要するに、「予防接種をしても医療費縮減には繋がっていない。すなわち予防接種は効果がない」ということを言いたいようです。この主張が本当かどうかを検証してみましょう。

まずは、健康保険制度のおさらい。大きく分けて2種類あります。ひとつは「健康保険(健保)」と呼ばれるもので、一般のサラリーマンらが加入する「協会けんぽ」、大手企業等の「組合健保」、公務員等が加入する「共済組合」などがあります。

もうひとつが、「国民健康保険(国保)」。自営業者や学生、無職、高齢者らで構成する「国民健康保険」などです。ざっくりとしたイメージですが、サラリーマン世帯は健康保険自営業者・高齢者等は国民健康保険と思ってもらえばわかりやすいですね。

では、前橋レポートで調査対象となった学童はいったいどの保険の対象者でしょうか。はい、お気づきのとおり、大半はサラリーマンのお子さん、すなわち「健康保険」の加入者の扶養親族になるわけです。もちろん、自営業者のお子さんなどは国保になりますが、比率的にどちらが多いかは明らかですね。

さて、前橋レポートの主張は、「予防接種をしてもしなくても医療費に違いはない」ということですが、ここで大きな疑問がひとつ。当時、国保の加入者は大半が高齢者でした。もちろん、後期高齢者医療制度はなかったので、60歳以上のほとんどが国保。また、高齢者医療費はタダ同然で非常に受診しやすい状況でした。国保に自営業者の子供が占める割合はわずか。にもかかわらず、学童の医療費等を調べるのに国保の数字を使うことに妥当性があるのかということです。しかし、レポートにはこのように記述されます。

しかしこの結果について,われわれが意外に思ったことが二つある。その一つは,特に小児科の診療所などでは,インフルエンザの流行期に一致して,年の内で一番忙しい時期を迎えるのが常である。ところがこの統計で,例えば受診件数で見ると,比が1.0 を僅かに上回るに過ぎない。すなわち受診者全体として見れば,たいした数ではないと言うことである。

インフルエンザの流行期に小児科の受診者数が増えていないから、インフルエンザはたいした病気ではないということが言いたいのでしょうか。しかし、使っているのは国保のデータ。受診者全体=大半が高齢者であるのですから、小児科への影響が僅かしか現れないのは当然でしょう。とても学童の受診状況の実態を表した数字とは言えません。

研究者ならこの程度の矛盾にはすぐに気づきそうなものですが。。。はたして、このことに気づかなかったのでしょうか。それとも意図的に医療費への影響が出にくい国保の数字を使っているのでしょうか。と思ったらこんな記述が。


もっとも保険制度には,外にも政府管掌社会保険や,各種共済組合・企業別健康保険組合の保険などがあり,それぞれ被保険者・家族の年齢的,身体的,社会・経済的条件にはある程度の差異があり,それぞれインフルエンザ流行に際して,どのような影響を受けているのか,興味のあるところだが,今のところわれわれの手には負いかねる。


前橋レポートの調査対象に問題があることは認識されているようです。もっとも、「ある程度の差」しかないという認識のようですが。それにしても、「われわれの手には負いかねる」って研究者の姿勢としてどうなんでしょうかね。そしてこう結論づけます。

いずれにせよ,インフルエンザワクチン接種を中止しても,医療費が余計に掛かる心配はなさそうである。

大半が高齢者の国保を対象にした調査結果をもって、予防接種の有無で学童の医療費に変化はないと結論づけるには、あまりに実態を反映していない調査であったことは間違いありません。ちなみに、予防接種と医療費の関係については、米国での調査でも医療費縮減に効果があることが認められています。

2011年11月5日土曜日

「カンガエルーネット管理者が重要と考えるポイント」を検証

せっかくですから、「前橋レポート」の全文を掲載しているカンガエルーネットについても検証してみましょう。以下は、「カンガエルーネット管理者が重要と考えるポイント」(http://www.kangaeroo.net/D-maebashi-F-view-r-R-no-200408_admin_point.html)に対する疑問点です。


カンガエルーネット管理者が重要と考えるポイントより(黒字は筆者の意見)
  • 前橋レポートは、インフルエンザ予防接種の「有効性」を否定しているわけではありません。
    →まず、注意しておくこと。このHPの管理者は一見、中立を装っているように見えますが、HPの内容を拝見する限り、反対派寄りのかなり偏った考え方をお持ちの方々が運営をされているようです。以下、客観的・科学的なスタンスで内容を吟味しましょう。

  • インフルエンザ集団予防接種は、もともと個人防衛の効果が低いことを承知のうえで、社会防衛のために導入された。しかし、大人がウイルスの媒体になっている可能性が高いことを勘案すれば、学童を対象とした集団防衛策は再検討すべきだ。
    →なぜ「大人がウイルスの媒体になっている可能性が高い」と断言できるのでしょうか?一般的な感覚からすれば、保育園や学校がインフルエンザ感染拡大の媒体となっていると考えるのではないでしょうか。また、「個人防衛の効果が低い」と断定していますが、その根拠は何でしょうか。

  • 全国の流行状況と比べても、予防接種を中止した前橋市での流行状況に特別な変化が現れたとはいえない。近隣のワクチン接種地域と比べても、患者数、医療費、超過死亡いずれの基準でも特別な変化は起きなかった。
    →患者数については、インフルエンザ『様』疾患で、正確な数字ではありません。医療費は国民健康保険のみの数字、超過死亡についても独自の数字を使うなど客観性に乏しく、「特別な変化は起きなかった」と断定するだけの根拠には欠けていると考えます。

  • 自然感染による免疫は、年数を経るにしたがい徐々に減衰はするものの、驚くほど良く保持されていることが分かった。
  • 自然感染していない場合、次の流行時に感染する確率が高くなる。一方、一度自然感染すると、たとえウイルスが変異したとしても、その後の感染率は大きく低下する。自然感染による次回流行の防御率は、1年後80%、2年後70%、3年後40~60%と計算された。小学校6年間でみると、平均1~3回の同型ウイルスの感染を経験することになる。
  • 1年に限ってみれば「予防接種は有効」という結果が出ても、数年間を通してみると、予防接種をしてもしなくても感染率は変わらなくなってしまう(ホスキンスのパラドックス)。
  • インフルエンザ感染を防ぐ決定的な要因は、過去の自然感染歴であって、ワクチンの効果は一過性のものにすぎないと考えるべきだ。
    →前橋調査の結果からも、自然感染よりワクチン接種のほうが「発病率」が低くなるという結果が出ています。この調査における「感染」とは、HI抗体価の上昇を意味するもので、病欠や発熱などを伴う「発病」とは異なります。調査結果をみると、既往によりその後の「感染」は確かに低下していますが、「発病」についてはさほど低下していないようです。仮に自然感染に発病予防の効果があるとしても、そもそも、重症化しやすい低年齢のときにインフルエンザに感染することを良しと考えているのでしょうか?

  • ワクチン接種地域と前橋市(非接種地域)を比較すると、集団レベルの予防接種の有効率は最大でも30%程度と計算された。
    →前橋レポートは、地域間の集団予防接種の有無で、インフルエンザの発症率にどの程度の違いがあるかを調べるもので、予防接種の有効率を調べることを目的としたものではありません。調査は、37度以上の発熱で連続2日以上の欠席をすべてインフルエンザ患者とみなすなど、アウトカムの設定が不適切で、正確な有効率を測定するには無理があります。また、接種率50%前後の2市を加えて比較している時点で妥当性がありません。この調査結果をもって、予防接種の有効率を断定するのは無理があります。

  • インフルエンザの感染では、上気道(のど)粘膜の免疫が重要な役割を担うが、予防接種ではこの免疫を高めることはできない。
    →上気道粘膜はあくまで感染経路でしかありません。前橋レポートでは血中HI抗体価の上昇をもって感染と定義付けていますが、その定義付けは間違いなのでしょうか。

  • インフルエンザ予防接種は、ブースター効果しか期待できず、自然感染していない人には効果がないかもしれない。そうであれば、予防接種にブースター効果を期待する人は、自然感染していることを暗黙の前提としていることになるため、自己矛盾を起こすことになる。
    →「ブースター効果しか期待できない」というのは、あくまでレポートを書いた人物による仮定の話です。事実ではありません。

  • 症状軽減を目的として予防接種を行うと、感染力を持ったまま出席する児童が多くなる結果、逆にインフルエンザ流行を拡大させる要因になるかもしれない。
    →症状軽減が悪いことであるかのような意見です。ひどいこじ付けですね。とにかく予防接種を悪者にしたいようです。

  • 予防接種によってウイルス排出が抑止されるかどうかに関しては明確な答えはない。しかし、予防接種をした人からウイルスが分離された例は報告されている。
    →前段を否定するために、まったく関係のない後段の話を持ち出しています。これは非科学的な思考で、俗に言う「詭弁」です。

  • 感染しても発症しない(不顕性感染)児童は全体の20%と非常に高い割合を占めていた。不顕性感染の児童からもウイルスが分離されていることから、不顕性感染者がウイルス伝播に大きな役割を果たしていると思われる。
    →であれば、むしろ予防接種は必要だと思いますが。予防接種で不顕性感染も防げるのではないでしょうか。

  • 他の様々な論文を調べても、インフルエンザ予防接種の有効率は決して高くはない。また、インフルエンザ予防接種の効果を調べた論文には不完全なものが多い。サンプルにバイアスが存在すると、「インフルエンザ予防接種は、30%の有効率で風邪を防御した」といった結論が出てしまう。
    →予防接種の有効性を検証した多くの論文は、発熱など「インフルエンザ様症状」という単なる風邪を母集団とした調査が多く、ワクチンの有効性を正確に検証したものとは言えません。インフルエンザの予防接種は、この管理者がカンガエルような「風邪」を予防するものではありませんし、不完全な論文をもとに素人がこのような結論を出すのはどうなんでしょう。そして、「前橋レポート」も不完全なもののひとつです。

  • 以上のように、インフルエンザ予防接種は、多少は「有効」かもしれないが、長期的にみれば「有益」とはいえない。
    →この一文に、カンガエルーネット管理者の予防接種に対する考えが表されています。予防接種の有効性については「かもしれない」と否定的なスタンスをとる一方で、有益性については、「有益とはいえない」とはっきりと否定しています。かなり偏った考え方ですね。おそらく、自然感染による免疫獲得のほうが感染予防に効果があると言いたいのでしょう。しかし、重症化率の高い低年齢期に、わざわざ子どもをインフルエンザに感染させて免疫を獲得したいと考える親がどれほどいるのでしょうか?机上の空論です。背景には、やはり予防接種反対という思想があると言わざるを得ません。客観的・科学的に予防接種について考えているとはいえませんね。